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名古屋高等裁判所 平成11年(行コ)15号 判決

主文

一  本件控訴に基づき原判決主文三、四項中、控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は、愛知県海部郡甚目寺町に対し、金五一万円及びこれに対する平成一一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人に対するその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  控訴人と被控訴人との間における訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決中、控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

3  控訴人は、愛知県海部郡甚目寺町に対し、九二五万八一八〇円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の概要は、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要等」及び「第三 争点及び争点に対する当事者の主張」中、控訴人及び被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の当審における主張(損害の消滅)

1  一一三番について

甚目寺町は、平成一一年六月一八日、TFが供託した供託金一四一万六二五九円の還付を受け、その一部を昭和六三年一月一日から平成五年一二月三一日までの間の賃料相当損害金七二万円及びこれに対する平成六年一月一日から平成一一年六月一八日までの遅延損害金に充当した。

2  一八〇番について

TMは、甚目寺町との間で、平成一一年七月二八日、賃料相当損害金及び遅延損害金の支払義務を認め、これを当初五万円、その後毎月一万二〇〇〇円ずつ分割して支払うと約束し、これに従って、平成一二年三月までに合計一五万八〇〇〇円を支払い、当審証人尋問において、今後も毎月支払う旨証言している。したがって、甚目寺町には損害が生じていない。

なお、甚目寺町は右支払金を遅延損害金に充当した。

三  被控訴人の反論

1  一一三番について

右供託は、賃料としてなされたものであるところ、甚目寺町はこれを賃料として認めて供託受諾を理由として還付請求をしたものであるから、本件で請求されている賃料相当損害金及びこれに対する遅延損害金の一部として受領されたものではない。したがって、控訴人は損害賠償責任を免れるものではない。

2  一八〇番について

TMが毎月徴収されている一万二〇〇〇円は、TMが受け取る領収書に損害金の記載がないことからみれば、損害金名目で徴収されているものではないから、本件で請求されている賃料相当損害金は消滅していない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求は、金五一万円及びこれに対する平成一一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求の限度で理由があるものと判断する。その理由は、次に付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第四 当裁判所の判断」中、控訴人及び被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四〇頁七行目の次に行を改め次のとおり加える。

「 これに対し、被控訴人は、財産的価値の維持保全が唯一の目的となっていなくても、他の目的と併存している場合には、これを住民訴訟の対象となるべき財務会計上の行為に含めるべきであると主張する。しかし、財務的処理を直接の目的とせず、これ以外の他の行政目的を実現するための行為においては、他の行政目的の実現のために必要な事項が考慮されるのであって、当該財産の財産的価値の維持保全を図るために必要な事項を直接考慮するものではないから、このような行為を住民訴訟の対象とすることは、財産的価値の維持保全以外の他の行政目的実現のための行政機関の判断に対する住民訴訟による介入を許容し、地方財政行政の適法な運営を確保するという住民訴訟の制度目的を超える結果となるものと言わざるを得ない。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。」

2  原判決四二頁七行目末尾に次のとおり加える。

「被控訴人は、本件改良住宅の入居決定が入居者に賃料の支払義務を課すという限度では、なおこれを財産的価値の維持保金を図る財務処理を直接目的とする行為と評価できると主張するが、右(原判示)のとおり、本件改良住宅の入居決定は、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域における住環境の整備改善の目的を達成するために必要な事項を考慮してなされるべきものであって、本件改良住宅の財産的価値の維持保全を図る財務的処理を直接の目的としてなされるものとは認められない。」

3  原判決五七頁末行に行を改めて次のとおり加え、五八頁初行冒頭「4」とあるのを「5」と改める。

「4 被控訴人は、本件訴訟において、栄地区簡易水道組合が当該改良住宅の水道料の徴収状況等を明らかにしないことが、本件改良住宅の現実の占有があったことを強く推認させると主張するが、同簡易水道組合の右態度から各改良住宅における現実の占有の事実を一義的に推認できるものではないことは既に認定したガスの供給及びその使用量に照らしても明らかである。

原判決別表二の二の3ないし8の改良住宅における鍵の引渡しは、これによって受領者らが事実上改良住宅内に出入りできる状態になったという意味では、改良住宅の管理状態に影響を与える行為であるというべきであるが、右(原判示)認定のとおり、担当者の監禁を示唆され、あるいは町役場での座り込みがなされた等の際に、審査会による諮問ないし入居決定があるまでの間は入居しないという約束の下でなされた行為であるから、その当否はともかく、当然に甚目寺町に財産的損害を生じさせるべき行為であるとまでは断ずることができず、改良住宅の財産管理行為として裁量の範囲を逸脱した違法な行為であるとまでは認定できない。」

4  原判決六二頁七行目の次に行を改め次のとおり加える。

「 控訴人は、TMの不法占有が六か月以上継続したことをもって控訴人の財産管理が違法であると評価することはできないとし、その根拠として、①TMに対し賃料相当損害金請求訴訟を提起すると、栄地区改良事業推進実行委員会が本件地区住民との信頼関係を失い、本件事業の推進が不可能になる状況があったこと、②甚目寺町が実行委員会との信頼関係を失わないためにも、TMに対する説得を実行委員会に任せておく必要があったこと、③TMは、過去に原審相被告aに対し出刃包丁を投げつけ、面前で鎌を振り下ろして威嚇したことがあり、控訴人を含む甚目寺町職員に危害を加える可能性が非常に高かったこと、④右aは被害届の際、警察からも身辺に危害が及んだら連絡するように言われており、TMの機嫌を損ねることが明白な訴訟提起という方法を採ることに対しては、非常に大きな躊躇があったこと等を主張する。

しかし、右①②の本件地区住民ないし実行委員会との信頼関係については、右aが被害届により警察カを依頼したにもかかわらず特段信頼関係を損なう結果となった形跡はないことからしても、TMは本件地区住民全体に適用されるべきルールから逸脱し、犯罪行為と目すべき不法占有を行っているのであるから、そのような者に対し、他の強力な民事的手段をとることが直ちに事業遂行が不可能となるほどに本件地区住民等との信頼関係を損なうとみることはできない。本件の全証拠、特に当審証人bの証言によるも、控訴人が、右の信頼関係を維持しながらTMに対しより強力な手段を講ずることが不可能であったとは認められない。右③④のTMによる危害の危険についても、警察に被害届をしたために職員らが危害を受けたといった形跡はなく、そうであれば、被害届後に他の民事的手段を講じたとしても、危害を受ける危険が決定的に増大するものとはみられず、また、甚目寺町は当審係属中にTMから分割返済の約束を取り付けその一部を履行させることに成功していること(後記二2)に照らしても、当時、TMの不法占有に対するより強力な民事的手段をとることが不可能なほど危害を受ける危険が大きかったものとまでは認めることができない。

したがって、甚目寺町の財産である一八〇番の住宅に不法占有者がいるのを知りながら、警察に対する被害届以上の手段をとらずにこれを放置した控訴人の不作為につき、控訴人主張の右諸事情を考慮しても、その違法性が阻却されるものとは認められない。なお、控訴人は、一八〇番の財産管理を怠っていても、TMに対する賃料相当損害金債権は消滅しない旨主張するが、そのことが違法性を阻却する事由になるとは解されない。」

5  原判決六七頁四行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 これに対し、被控訴人は、本件改良住宅を甚目寺町の普通財産であるとした上で、仮入居を行う行為等を財産の管理又は管理を怠る事実に該当すると主張するが、右(原判示)のとおり、町長らが、改良住宅に入居すべき者が本件事業の一環としての買収により住居を失った際に、これに対し一時的に本件改良住宅の使用を認める行為等は、本件改良住宅の財産的価値に着目しその維持増進又は実現増殖を直接の目的としてなされる行為とは認められない。それゆえ、右行為等は財産の管理又は管理を怠る事実に該当しないのであって、本件改良住宅が地方自治法上の普通財産か行政財産かをこれ以上詮索すべき必要もない。」

二  控訴人の当審における主張について

1  一一三番について

証拠(乙一三、一四の1、2、一五の1、2、当審平成一一年一〇月一五日付調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、甚目寺町は、平成一一年六月一八日、TFが昭和六三年一月分から平成一〇年一一月分の賃料として供託していた供託金一四一万六二五九円の還付を受け、その一部を昭和六三年一月一日から平成五年一二月三一日までの間の賃料相当損害金七二万円及びこれに対する平成六年一月一日から供託金還付日である平成一一年六月一八日までの遅延損害金一九万六六六八円に充当し、同月一四日到達の書面でTFに対し右充当関係を通知したことが認められる。

被控訴人は、賃料として供託された供託金を賃料相当損害金等に充当することはできない旨主張するが、独自の見解であって左袒し得ない。前記認定(原判示)によれば、TFは、昭和六三年一月以降、甚目寺町に対し賃料債務を負担していないのであり、甚目寺町は、右還付により甚目寺町に現に納入された供託還付金を、TFが甚目寺町に対して負担する右賃料相当損害金等の債務の弁済に充てることができると解される(甚目寺町が賃料債権がないのに右供託還付金を受領したことについて、仮に、TFが甚目寺町に対し不当利得返還請求権を取得するとしても、甚目寺町はこれとTFに対する賃料相当損害金等の債権とを相殺することができるというべきであり、前記通知は相殺の結果を通知したものと理解することが可能である。)。したがって、前記(原判示)の賃料相当損害金六六万円及びこれに対する平成六年一月一日から右供託金還付日までの遅延損害金は、還付後の右充当により、消滅したものと認められる。

2  一八〇番について

証拠(乙一六、一七、当審証人b、当審平成一二年三月二八日付調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、TMは、甚目寺町との間で、平成一一年七月二八日、平成元年三月二三日から平成一一年七月三一日までの間の賃料相当損害金一二四万二九〇〇円及び遅延損害金一五万九〇五三円の支払義務を認め、これを当初五万円、その後毎月一万二〇〇〇円ずつ分割して支払うと約束し、これに従って、平成一二年三月三一日までに合計一五万八〇〇〇円を弁済したこと、右弁済金は、右遅延損害金に充当されていることが認められ、また、TMは、当審証人尋問において、今後も毎月支払う旨証言している(なお、TMが受領する領収書に損害金の記載がないとしても、右認定を左右しない。)。

控訴人は、TMの右約束をもって甚目寺町には損害が生じていないと主張するが、不法行為者が将来における債務弁済を約束しても、不法行為により失われた財産状態が現実に回復していない以上、現在の損害の不発生ないし消滅を認めることはできない。TMが将来約束に従って弁済すれば、それが請求異議事由等となるに過ぎないのであって、現在の損害賠償債務の消滅は、現実になされた右弁済金の限度でしか認められない。そして、右充当関係に照らし、前記認定(原判示)の遅延損害金のうち平成六年一月一日から平成一一年七月三一日までの分が消滅したものと認められる。

したがって、控訴人は、甚目寺町に対し、なお、賃料相当損害金五一万円及びこれに対する平成一一年八月一日から支払済みまでの遅延損害金債務を支払うべき義務がある。

三  よって、本件控訴に基づき、原判決を右に従って変更し、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。なお、原判決主文第二項のうち、原判決別表二の二記載の建物についての損害賠償請求の却下部分については、予備的請求に対する判断と解して、あえて更正しない。

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 鏑木重明 裁判官 戸山久)

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